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研修医のページ

指導医より

ようこそ
4月、病院に新人の増える季節だ。タイムスリップする季節だ。わたしの研修は40年前、大都市郊外のM病院でスタートした。すぐ研修が始まるのかと張り切って出勤したが、はじめの2週間は病院のオリエンテーションで、実際の研修医としての仕事始めは5月の連休明けだった。先輩医師による勉強会が毎朝7時半から行われたので、学生時代の朝寝坊になれていた身にはやや応えた。外来は9時から始まるのだが、10時半にはお茶の時間があった。今なら院長宛に投書が届くかもしれない。患者さんも「研修医だな」と感じていたはずだが根気よく診療に付き合っていただいた。点滴の針が入らずに冷や汗をかくこともまれではなかった。そんな時、「いつか上手になりますので、すみません。ゴメンなさい」と心の中で謝りながら汗をかいていた。画像診断はCTもMRIも超音波検査もなくレントゲン検査だけだった。すべてのんびりしていた。病棟で患者さんと話したり、詰め所で看護婦さん達とお茶をする隙間のような時間があった。遅くまでいると手術にお声がかかる事もあり医局でゴロゴロしていた。「手伝うか?」と先輩から呼ばれた。昼間は、先輩医師がサッサと手術をしてしまい研修医の入り込む余地はない。夜7時過ぎからが研修医の出番である。術者が手術をやりやすいように創を拡げる鉤(こう)を引くのである。しかし、微妙な力加減が分からず糸を切ってしまったり失敗の連続だった。実際は上級医の言うとおりのことをしているだけだが・・・翌朝「俺はアッペしたよ」なんて言うのが研修医の自慢だった。そんな研修医にも給料が出た。余裕が少しできたので小さな台所とトイレが付いた二間のアパートへ引っ越した。夜遅く気兼ねすることもなく夜食を作れるのがうれしかった。
病院には人生のすべてが詰まっている。ようこそ松本市立病院へ。研修医君達のがんばりを応援しよう。

                                                                                                       

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